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私が防衛庁の防衛課に勤務していたころ、当時の航空自衛隊には化学防護の能力がなく、私はそのための予算を獲得しようと試みたのですが、「冷戦が終わって大きな戦争はなくなるだろうに、何でそんな装備が必要なんだ?」と何度も突っぱねられました。諦めずに調査と説得を重ね、予算を獲得するまで3年ほどかかりました。その後に起きるテロ事件の数々を考えれば、諦めなくてよかった仕事だと思います。現在の私が国や防衛について踏み込んだ発言ができるのも、このころ日本の防衛について徹底的に調べ、考えたことが背骨となっています。

田母神俊雄(たもがみとしお)

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